RADIOCHANGO.JP [日本語]
ホーム > Artists > OJOS DE BRUJO - [オホス・デ・ブルホ]

OJOS DE BRUJO - [オホス・デ・ブルホ]

水曜日 2007年12月19日, によって nahoko

オホス・デ・ブルホが乱痴気騒ぎ。 ルンバ・ダブ・スタイル万歳!

純粋なフラメンコ・ファンがいたならば、その耳をすぐさま塞いでおかねば!

彼らのファースト・アルバム、ベンゲVengue―ジプシーの言葉で地下の妖精やスウィング(かけ声)を意味する―は、そのスウィングと新鮮さで驚かせてくれた。その2作目、「バーリ」は2002年中頃に発売された。後者は若干前者と似てはいるものの、より丁寧さを持って仕事されておりまた、音楽的サプライズは抑えられている。これはグループのポテンシャルを明確にした。つまり、自分たちがファースト・アルバムで開けた扉の先の道をさらに深く探険していこうということだ。

それぞれ異なる地域出身のメンバーたち(クーバ、コロンビア、バルセロナ、バレンシア、コルドバ、ラ・トリニタ、etc…)と、実験に準備万端。 オホス・デ・ブルホはフラメンコをヒップホップ、ファンク、レゲエ、ラガ、そしてクーバン・ソンとミックスする。カマロンをメスティーソ・ミックスに化かし、桟敷席のフラメンコをストリート・ラップと公園の物音と混ぜ合わせてしまう。

 このような影響力が、フラメンコに関連のある伝統的リズムであるタンゴやコロンビアーナ、ブレリアス、タンギー リョス、ルンバなどに由来する歌に溶け込まされ、そして我々を知られざる道へ誘う。

フラメンコの魔術師をさらに刺激する、幾つかの添加物。それはフラメンコ・カホンの力、ベースの重い響き、乾いたようなギターの拍、ラテン・パーカッションの色合い、そしてハレオや手拍子の音が、リズミカルなラガ・ボーカル、クレイジー・スクラッチング、そして伝染するかのようなダンスとしっかり結び付き合っている

こういった発明的混交の背後にいるのはグループの錬金術師、音楽ならばあらゆる種類の経験に準備万端な男だ。この地球の異なる場所から、これら音の放浪者たちが結集し「ラ・ファブリカ・デ・コロレス」、最近の五年間に渡り徐々に構成されてきたグループだ。

 このらんちき騒ぎはかつて、ある白人がアメリカでその第一歩を踏んだときに始まった。「昔々、あるところに…」フアンルがいた。バルセロナのチャイナタウン出身で多様で色彩様々な音のアマチュアで、社会問題にも関わっていた。その彼がウォークマンとオーディオ・カセット・テープを持ってアメリカを発見しに行こうと決めた。
 このテープに、ラモン、グラシア出身のバルセロナ人がそのフラメンコ魂を、ギターとボンゴで注ぎ込んだ。フアンルは確信していた、ボリビアの島々やサパタで彼は、失われた音楽的要素を見つける事が出来るだろうと。バルセロナに戻って彼はラモンとダニ、エル・モノ・ロコ(キチガイザル)に会ってジャムセッションの機会を持ち、共に仕事しようと心に決めたのだった。

 これがファブリカ・デ・コロレスの原型となる。それは音楽だけに限定されるのではない。大勢の観客に対して、異なる芸術表現により相互作用を起こさせようとアートを用いるアーティストの集団。 音楽、ダンス、芝居、文学、シネマ、アニメ、ビデオ、写真、音響、ドローイング、そしてパフォーマンス。これらを融合させてしまう、マルティメディア・アーティストおよびミュージシャンの団体だ。オホス・デ・ブルホはそのプロジェクトの音楽パートの名前であり、グループのウェブサイトに観られる魔女の絵からインスパイアされたものだ(魔女の目という意味)。

また、バンドであるという以上に、彼らは友人同士のグループだ。友達同士である以上に、ミュージシャン同志である。ミュージシャン同志である以上にまた、絵を描き、グラフィックをやり、ビデオを撮り、彫刻も踊りもやる。クリエイターであるという以上に、彼らはまたリリース関係も全てやる。彼らを「オホス・デ・ブルホ」あるいは「ファブリカ・デ・コロレス」と呼んでも良いだろう。どちらの名前であろうと変わりなく、休みなく仕事する、相違溢れるグループでいるのだから。

ラ・ファブリカ・デ・コロレスのコンセプトに合わせ、バーリに付属するブックレットはグラフィック・アーティストによるストリート風景がそこに再演出されている。また、ラ・ファブリカはグループのレーベルとしても機能している。危険な道のりかもしれない、だが全ては上手く行っており、ビッグ・レーベルなしでも仕事が出来るのだと証明している。

ルンバ、タンゴ、或いは何であろう、クーバン・ソンあるいは単に即興で作った歌。なんてことないフラメンコだろうと「ブレイク・ダンス」であろうと、観客を驚かせようと全て使ってフィエスタを行う。DJと招かれたミュージシャンたち(マックス:パーカッションとボーカル、ロイ:トランペット、シャン:スクラッチ)やダンサーたち(ロリ:フラメンコ・ダンス、アブドゥル:アフリカン・ダンス)。

オホス・デ・ブルホの歌詞はパラドクスの周囲を巡る。人生哲学とギャンブル哲学がここでは両立されている。
少量のハシッシュとたっぷりの詩心。

バラバラの土地から集まっているが、このジャケットにいる10人のミュージシャンおよびアーティスト達は無視することなんて出来ない。
「私達は荷馬車にぴったりな者たちだ」―フアンルが言う―「つまりね、7人と、技術的なことが分かる者が1人、あと道案内。」

ラモン :フラメンコ・ギター、ボーカル。バルセロナ生まれ、ジプシー、29歳、既婚、子供一人。父親がルンバ好きで、彼はフラメンコを聴きながら生まれた。ルンバ・グループである「ロス・シャビスLos Xavis」弟子ごとし たり、フラメンコの「カルメン・アマヤ」の伴奏をしたり、ヒップホップの舞台のいくつかに出たりしていた。今ではフラメンコ・フュージョンを電子音楽で実験している。皆はラモンを「軽機関銃」と呼ぶ。ヘビメタもやる。

フアン・ルー:29歳、ベース、バルセロナ生まれ。
ロサンゼルスやブラジルにも住み、数々のバンドを経験(マジア・アニマル:ファンク・レゲエ、エル・ファンタスティコ・オンブレ・バラ:ファンク・ロック、メスマルバ:ファンクポピュラー・ブラジレイロ、ラ・ブルブハ:ジャズ・ファンク、ウマナウェ:アフリカン・アメリカンレゲエ、オトナイム・カーム:テクノ・ベースパーカッション、フラメンコーロ:フラメンコ・フュージョン)。
そのルーツはファンクだがフラメンコやレゲエも、全ての音楽的創作物同等に好きだと語る。
ラ・ファブリカ・デ・コロレスとロス・ペロスのレイのファン。バルセロナ、ランブラス近くの廃墟ビルに友人二人と共に暮らしている。空っぽの冷蔵庫って…なんのこと?

マリーナ:ボーカル、ヒップホップ、フラメンコ。生まれたときに見えたのが足だったので、彼女のアーティスト・ネームは「ラ・カニージャ」(すね)。
バレンシア出身。その後あちらこちらと放浪し、やがてフォルメンテラでフアンルに出会い、また彼女が落ち着くことになったバルセロナの占拠ビルで再会する(その話では家の中で再会したのかフアンルの腕のなかなかなのかは語られていない)。
彼女は、女性だけで構成されていた劇場グループ、アギータ・トループと持つに至った。現在はフラメンコとエレクトリックの間の関係性を模索している…。

モノロコ:ボーカル、シャウト、ステージや観客に入ってのバイブ。彼もまたバルセロナ生まれ。マカコというグループのボーカルでリーダーでもある。
「ティオ・ペドリート」の甥っ子、「ガンチョ・エル・ペレオン」のいとこ。モルモン教徒をもっとも絶望的に目覚めさせ、もっとも効果的に無気力な観客をヒステリックなダンスに連れ込み身体を揺すらせる。
バルセロナでは仕事仲間何人かのCDに参加している。ワグネル・パ(Pa!Pa!Pa!)とブラスカ・マトラカ、アンパラノイアと当時の仲間とバスク国で録音した。ガンビートとマヌ・チャオ、ナディーヌとモニク、フェルミン・ムグルサ、トニノ・カロトーネ、ムニェコ、等々、ラ・ガリガから来たやつら、デュスミンゲト。
マカコはそのセカンドアルバムを2001年に出す予定だ。おそらくは自分たちのコンサートのためにオホス・デ・ブルホから遠ざかるだろう、残念なことだが。彼の入り込みや新鮮味は、コンサートでもCDでも雰囲気をがらりと変えてくれる。

パロマ:ボーカル、フラメンコ。コルドバ生まれ。「テュルケナ」のボーカルであった。フラメンコーロ(フラメンコ・フュージョン)ではコーラスとフラメンコを担当し、アランケ(フラメンコ舞踏)ではダンサーだった。

ムニェコ:パーカッション、ボーカル、音響、グアグアンコ。キューバ人、カマグエイ出身で8歳からスペインに住む。アンパラノイアの2作目とデュスミンゲトの傑作ポストロフでパーカッションをつとめる。ワグネル・パといった友人のコンサートに姿を現す。

DJパンコ:スクラッチング、サンプリング、ギター、パーカッション。バルセロナ生まれ。普段はバルセロナやイビサでパンコ・ファンク・システムの形でDJをして回っている。かつてクラブ・メスティソでもまた相当数のコラボを果たしている。

ザビ・テュルル:カホン、パーカッション。バルセロナの重要人物、フラメンコ、キューバン、そしてインディアンに大いなる経験を持つ。「アマルガマ」および「フーラ」というグループの創設者であり、ロザリオ・フローレス、ケタマ、ライムンド・アマドールと仕事をしている。

ベト:パーカッション コロンビア生まれ、10歳からバルセロナに留まる。マカコのパーカッションでありまた、長らくデュスミンゲトやゲリラ的サウンドシステムでも活躍した。
何よりもまず、物静か!!!
ワグネル・パやデュスミンゲトのフィエスタ全部にいる。良いことをそのそこからひっかき出さなくちゃいけないときとか、全く単に、「クンビアが歩いてやってくる…」ようなフィエスタをやらかそうとして!

アントニオ:フラメンコ・ギター。爪の先までセビリア人、もっとも足の片方はメノルカ、もう片方はバルセロナに突っ込んである。
 歌ったげようじゃないか、(そのラガ・マフィン)ディメポルケテアスイイイドオオオオオオオオ、ディメポルケテアスイイイイドオオオオ、バヤアルテフィクサ!!!

!!ルンバ・ダブ・スタイル万歳!!

ディスコグラフィー


- Vengue (2001 Edel - Album)
- Barí (2002 La Fábrica de Colores - Album)
- Remezclas de la casa (2004 La Fábrica de Colores - Remix)
- Girando Barí 2005 (2005 La Fábrica de Colores - DVD)
- Techarí (2006 Diquela - Album)
- Techarí Live (2007 Diquela - DVD + CD Live)

主なコラボレーション


- Peret Rey de la Rumba (2000 Virgin - Compilation)
- Barcelona Zona Bastarda (2002 Organic Records - Double Compilation)
- Per Palestina (2003 - Compilation)
- Mundo Mestizo (2004 - Compilation)
- Barcelona Raval Session (2004 K Industria - Double Compilation)
- Barcelona Raval Sessions 2 (2005 K Industria - Double Compilation)
- Muchachito Bombo Infierno: Vamos que nos Vamos (2005 La Fábrica de Colores - Album)
- A Bush no le va a gustar (2006 - Compilation)
- Reencuentros (2006 - Compilation)
- Los Ritmos del Espejo II (2007 - Compilation)
- Rambla, Rumble, Rumba (2007 EMI - Album)
- Muévete Bien - Sabor Latino 2 (2007 Sabor Discos - Compilation)
- Fermin Muguruza: Milakabilaka (2007 - Single)

関連アーティスト

- MACACO

日本語関連情報

- ESFLAMENCO インタビュー
- ESFLAMENCO インタビュー その2