「バルセロナをボヘミアンな街として外国に売り出しているのに、民衆文化を振興しないんだ。」ラジオチャンゴの中心人物であるビンセンス・メガレ [1]は言う。彼らのウンザリした気持ちを表しているのが、市当局が推進する文化政策に反対する街のオルタナティブな運動だ。さすがにもう「いい加減にしろ」と言う時期だと、その気持ちを自分たちが一番得意な方法で表現した。ギター、ドラム、アンプ、そして声を使って。
この集団告発は、バルセロナ・ポスティサという一枚のアルバムとなった。彼らの目には退廃的で張りぼてだと写る市の文化政策を批判するために、バルセロナだけでなく、オランダ、ベルギー、コロンビアから22のバンドが一枚のCDに集結したのだ。
バルセロナをデザインの街として描くような「恋するバルセロナ」 [2]と一色単にして、自分たち(の音楽)を世界に売りたくないんだ。現実は全く違うというのに。現実には演奏する場所がない。音楽を振興するバルに対する規制がどんどん厳しくなっていて、創造がとても困難になっている。」とメガレは言い、「僕たちに残っているのはアポロだけだけど、これはみんなにとっての解決策にならない。というのも、演奏するのに約1000ユーロかかるから、多くのバンドにとっては無理な話なんだ。」と付け加える。
「音楽で成功したがオホス・デ・ブルッホやマカコのことは今では誰もが知っているが、言っておかなければならないのは、こうしたグループも通りで始まったということだ。ランブラス通りやトリッピー広場(ジョージ・オーウェル広場)で演奏していたんだ。それがなければ、今のようなところまで行き着いてなかったかもしれないよ。」とメガレは言う。
だからこそ、市役所の対応はストリート・ミュージシャンにとって、騒音の規制は音楽を流すバルにとってあまりにも厳しすぎると彼は考えている。「以前は、ロンドン・バルやエル・パティス、ラ・パロマなんかがあった。現在こういった場所はもう存在しなくて、ノウ・バリのアテネオが、民衆文化の最後の砦として僕たちに唯一残されている場所だ。」と最後に語った。そしてさらに「バルセロナにおいては芸術が迫害されている。これは公徳的なんかではない。 [3])と結論した。
CDの製作責任者であるアナの説明によると、このCDの基本は、コンピレーションに参加した22のバンド(Muyayo Rif, Che Sudaka, Eldys Gasolina Motor, The Armario o Brazuca Matracaなど)の25曲は、彼らの視点からのバルセロナ批判だ。「基本的に、歌詞は文化やスペースの不足、かっこいいバルセロナというモデルに対する告発に関するもので、このCDは、僕たちの組織と同時に、こうした批判の声があることが、人々に知られるのに役に立つだろう。」とメガレは指摘する。
こうした歌詞の一例がラ・ペガティナの“グラン・エルマーノ” [4]だ。「家を出て 街をぶらつく 最近は通りでも うかうかしてられない どこにもかしこにもカメラ 撮影は止まらない 体制が望んでるのは 君をコントロールすることなんだから」
Questione Meridionalというバンドでコンピに参加したピエロ・ペスセは、市役所は「型にはまった文化は促進する一方で、民衆の文化を抑圧している。俺の場合、(コンピのために)3人でバンドを組んだんだけど、3人ともストリート・ミュージシャンだった。過去形なのは、現在俺たちはストリートミュージシャンではないんだ。敢えてリスクを犯すようなことはしたくないし、市当局もほっておいてはくれないだろうから。 [5]」と指摘する。アナは(コンピに参加した)グループの多くは、バルセロナ市が進める方向性が自分たちを代表していると感じていない。「通りで活動する人々は、文化を振興するために、そこで生活の糧を稼いでいるのよ」と言及する。このコンピの中には様々なスタイルの音楽が含まれている。「コロンビアのクンビアから、スカ、レゲエ、フォークとなんでも。」
バルセロナ・ポスティサ(文化的な営みが迫害されているバルセロナの現状に危惧を抱いた住民などが中心となるグループ)の集団告発は、このCDの発表で終わるものではない。さまざまなグループによるこの混合は、市民による反対キャンペーンを企画や彼らの怒りを広く伝えるために新聞を発行することも計画している。
彼らのサイトにはこう書かれている。 「私は、砂糖でコーティングされたバルセロナに住んでいる、そこではバルが閉鎖され、雰囲気が検閲される。さらに悪いことに、そうしたことを完全に無処罰でできるような法律を制定したのだ。私は偽りのバルセロナに住んでいる! [6]」
La Vanguardia http://www.lavanguardia.es
参考記事はこちら
RADIOCHANGO.JP [日本語]